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最高裁判所第一小法廷 平成3年(あ)923号 決定

本店所在地

宮崎市高千穂通一丁目七番二四号

岩切商事株式会社

右代表者代表取締役

岩切博盛

本籍

宮崎県東諸県郡国富町大字嵐田二五七六番地の一

住居

宮崎市高千穂通一丁目七番二四号

会社役員

岩切博盛

大正一三年二月二八日生

本籍

宮崎市下北方町塚原五八三六番地

住居

同市大字瓜生野二二七〇番地

不動産業手伝

大野惟孝

昭和二年四月二八日生

右被告人岩切商事株式会社、被告人岩切博盛に対する各法人税法違反、被告人大野惟孝に対する所得税法違反、預金等に係る不当契約の取締に関する法律違反各被告事件について、平成三年七月一八日福岡高等裁判所宮崎支部が言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人大野惟孝の負担とする。

理由

被告人岩切商事株式会社及び被告人岩切博盛の弁護人塚田善治、同佐々木曼の上告趣意は、単なる法令違反、事実誤認の主張であり、被告人大野惟孝の弁護人河合信義の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項本文により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 高橋久子 裁判官 大堀誠一 裁判官 小野幹雄 裁判官 三好達 裁判官 遠藤光男)

平成三年(あ)第九二三号

上告趣意書

岩切商事株式会社

右代表者代表取締役 岩切博盛

岩切博盛

右者らに対する法人税法違反被告事件につき、平成三年七月一八日福岡高等裁判所宮崎支部が言い渡した判決に対し、被告人らより申し立てた上告の理由は左記のとおりであります。

平成四年一月二九日

右弁護人 塚田善治

同 佐々木曼

最高裁判所第一小法廷 御中

目次

原判決

第一点 判決に影響を及ぼすこと明らかな訴訟手続に関する法令違反・・・・・・一三五六

一、本起訴から訴因変更に至るまでの経緯・・・・・・一三五六

1.本起訴事実の内容・・・・・・一三五七

2.起訴時における検察官の言明、訴訟行為・・・・・・一三五八

3.被告人の再逮捕と追起訴・・・・・・一三五八

4.訴因変更請求と許可決定・・・・・・一三五八

二、本件訴因変更許可を違法とする理由・・・・・・一三五九

1.本件は訴因の変更が許される場合に当らない・・・・・・一三五九

2.本件訴因変更は捜査の手段として利用された・・・・・・一三六〇

3.本件訴因変更請求は公訴権の乱用に当る・・・・・・一三六一

4.本件訴因請求のなされた時の不当性・・・・・・一三六二

三、結論・・・・・・一三六二

(添付書類、訴因変更請求書、特別抗告申立書)・・・・・・一三六三

第二点 判決に影響を及ぼすこと明らかな重大な事実誤認・・・・・・一三七三

一、事実中中村勇夫からの受取利息の誤認・・・・・・一三七三

1.本件の経過・・・・・・一三七三

(一) 起訴事実の概要・・・・・・一三七三

(二) 被告人の認否、第一審判決の認定とその根拠の不当性・・・・・・一三七四

(三) 中村の昭和四二年三月三一日の四、〇〇〇万円の返済と同日(検察官は四月一日と主張)の四、〇〇〇万円借受の認定・・・・・・一三七六

(四) 森田調書の発見と証拠採用、谷口秀精の証言・・・・・・一三七七

2.原審判決の認定と事実誤認・・・・・・一三七八

(一) 原審の、中村の供述、谷口の一審における証言に対する判断・・・・・・一三七九

(二) 原審の判断矛盾と事実誤認・・・・・・一三八〇

(三) 右同・・・・・・一三八四

3.森田調書と裁判所の職権による証拠調・・・・・・一三八四

二、事実中簿外仮名預金による受取利息除外関係の誤認・・・・・・一三八五

三、事実中雑収入除外関係の誤認・・・・・・一三八六

四、事実中架空仕入の計上関係の誤認・・・・・・一三八七

1.総説・・・・・・一三八七

2.各論・・・・・・一三八八

(一) 山田商事関係・・・・・・一三八八

(二) 田中直人ほか四名関係・・・・・・一三八九

(三) 泉幸生ほか六名関係・・・・・・一三九〇

3.重要証拠(棚卸表)の消失と利益率表・・・・・・一三九一

むすび・・・・・・一三九三

原判決は、罪となるべき事実として

「被告人岩切商事株式会社は、宮崎市高千穂通一丁目七番二四号に本店を置き建築資材および鉄鋼一次、二次製品の販売等の事業を営むもの、被告人岩切博盛は、被告人会社の設立以来の代表取締役で被告人会社の業務全般を統括しているものであるが、被告人岩切博盛は、被告人会社の業務に関し、その法人税の一部を免れようと企て、

一、被告人会社の昭和四〇年一〇月一日から昭和四一年九月三〇日までの事業年度の法人税について、真実の所得金額が別紙(3)の被告人会社の修正損益計算書記載のとおり二七〇〇万〇九〇四円で、これに対する法人税額が九五二万五三二〇円であるのに、公表経理上架空仕入を計上するほか、受取利息を除外する等の不正の行為により右所得の一部を秘匿したうえ、昭和四一年一一月三〇日、宮崎税務署において、同税務署長に対し所得金額が五二六万九九八八円で、これに対する法人税額が一七〇万二一六〇円である旨の虚偽の所得額および税額を記載した法人税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により右事業年度の法人税七八二万三一六〇円を免れ、

二、被告人会社の昭和四一年一〇月一日から昭和四二年九月三〇日までの事業年度の法人税について、真実の所得金額が別紙(4)の被告人会社の修正損益計算書記載のとおり三三四三万六六一五円で、これに対する法人税額が一一四九万二六〇〇円であるのに、公表経理上架空仕入を計上するほか、受取利息を除外する等の不正の行為により右所得の一部を秘匿したうえ、昭和四二年一一月三〇日、宮崎税務署において、同税務署長に対し、所得金額が九三七万二三九九円で、これに対する法人税額が三〇七万〇二〇〇円である旨の虚偽の所得額及び税額を記載した法人税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により右事業年度の法人税八四二万二四〇〇円を免れたものである」(別紙三、四省略)。との事実を認定し、被告人会社を罰金五〇〇万円に、被告人岩切博盛を懲役六月にそれぞれ処する。被告人岩切博盛に対し、この裁判確定の日から一年間右懲役刑の執行を猶予する旨言渡した。

しかしながら原判決には、以下のとおり、判決に影響を及ぼすこと明らかな訴訟手続きに関する法令違反及び重大な事実誤認がありこれを破棄しなければ著しく正義に反するものと思料する。

第一点 判決に影響を及ぼすこと明らかな訴訟手続に関する法令違反について

一、検察官の第一審裁判所に対する昭和四六年三月二三日付の訴因変更請求(記録三八七丁、写を本点末尾にも添付)は、刑事訴訟法の訴因及び訴因変更制度の立法趣旨から不適法であり且つ検察官において、訴因変更制度を捜査の手段として利用したものであるほか当初起訴をしてから訴因変更請求をなすに至るまでの経緯において公訴権の行使に当る者として守るべき誠実の義務に違反し公訴権を濫用したものであるから、これを許可してはならないものであるにかかわらず第一審裁判所はこれを許可し、原審裁判所もこれを承けて追加された訴因を包含する事実に基づいて罪となるべき事実を認定した。

検察官が被告人会社及び被告人岩切に対する本件告発を受けてから被告人会社の昭和四〇年一〇月一日から昭和四一年九月三〇日までの事業年度(以下第一事業年度ともいう。)における違反についての起訴(以下当初起訴または本起訴ともいう。)を経て右訴因変更請求をなし第一審裁判所においてこれを許可するまでの経緯及びこれに対する弁護人らの主張は、第一審弁護人らの昭和四七年一〇月二一日付特別抗告申立書(記録四四〇丁から四四九丁まで)に記載したとおりである(但し本上告に当っては憲法違反の点は主張しない。)からその写を本点末尾に添付しこれを援用することとするが、これを要約すれば次の通りである。

1.検察官は昭和四四年一一月二六日(原判決はこれを昭和四一年一一月二一日とするが明白な誤りである。)被告人会社及び被告人岩切に対し昭和四〇年一〇月一日から昭和四一年九月三〇日までの事業年度における所得金額が一、四三五万四、八五二円でこれに対する法人税額が四九七万二、七二〇円であるのにかかわらず、架空仕入を計上しあるいは架空名義の簿外預金を設定する等の不正行為により所得の一部を秘匿した上昭和四一年一一月三〇日宮崎税務署長に対し、所得金額が五二六万九、九八八円でこれに対する法人税額が一七〇万二、一六〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もって不正の行為により法人税額三二七万五六〇円を免れた旨の起訴をなした。検察官の第一審第一回公判における釈明書、同第二回公判における冒頭陳述によれば、秘匿したとされる所得金額九〇八万四、八六四円(右の一、四三五万四、八五二円から五二六万九、九八八円を控除した金額)は全額山田商事株式会社からの架空仕入の計上によるものというのであって、その他の所得は一文も含まれておらず、又架空名義の簿外預金を設定したというのは右所得金額中九〇〇万円を架空名義の簿外預金として秘匿していたとの意に過ぎず、別の所得源があったとの意ではない。

2.被告人岩切は右起訴に至るまでの二一日間身柄を拘束されて架空仕入の計上のほか中村勇夫なる者からの受取利息除外関係についても取調べを受けていたが、起訴時検察官から被告人岩切及び第一審弁護人らに対し、右起訴により被告人会社及び被告人岩切に対する逋脱犯の検察処理は終了した旨の言明があり(被告人岩切の原審第七回公判における供述及び第一審弁護人らの、昭和四七年五月二九日付意見書、記録四二九丁ないし四三二丁、特別上告申立書第三の(三))、弁護人らはこれを信じ以後約一〇か月間に亘り専ら本起訴事実審理のための事前準備手続のほか六回に亘って公判に臨み訴訟行為の遂行に当っていた。

3.しかるところ、検察官は昭和四五年一〇月二九日から同年一一月一九日までの間再び被告人岩切の身柄を拘束して取調べの上同月二八日被告人会社及び被告人岩切に対し、昭和四一年一〇月一日から昭和四二年九月三〇日までの事業年度(以下第二事業年度ともいう。)における逋脱分なるものについて追起訴をなし、昭和四六年一月一九日の事前準備手続(記録五六四丁)において次回公判期日を昭和四六年六月二四日と指定され、検察官から二月末日までに追起訴分の証拠の整理を終えて弁護人に開示すること等の予定が取り決められた。

4.こうして弁護人らはひたすら検察官の追起訴事実にかかる証拠の開示を待っていたところ、検察官は同年三月二三日の公判期日外において突如昭和四〇年一〇月一日から昭和四一年九月三〇日までの第一事業年度において、本起訴にかかる「架空仕入の計上」のほか「受取利息の除外」ありとなし、逋脱所得金額一、二八二万一、四八五円、逋脱税額四六一万五、七四〇円を本起訴の金額に追加することを内容とする訴因変更請求をなし(本請求は実質的には訴因の追加であるから以下追加ともいう。)、第一審裁判所はこれに応じ同年四月二日公判期日外においてこれを許可し(記録三九〇丁)、その後の弁護人らの、右許可は違法につき取消されるべきであるとの意見(記録四一二丁)に対し、昭和四七年一〇月一九日の第一二回公判において、右許可決定を維持する旨の決定(記録四三八丁)をなし、判決に当っても追加訴因の殆ど全部を罪となるべき事実として認め、原審裁判所も又これを維持し追加訴因の相当部分を罪となるべき事実として認定した。

二、弁護人らにおいて、検察官の訴因変更請求に対する第一審裁判所の許可、これを適法として維持した、原審判決を違法とする理由は次のとおりである。

1.およそ訴因の追加又は変更が許されるのは刑事訴訟法第二五六条、第三一二条(以下関係法条ともいう。)の立法趣旨に照し、検察官が公訴を提起するに際し日時・場所・方法をもって罪となるべき事実を特定することにより訴因を明示して記載された公訴事実が、公判審理の過程において公訴事実に関する新しい事実が発見され、いわゆる実体形成に変動を来した場合、換言すれば公訴事実と立証結果の不一致が生じ、公訴事実を立証結果に一致させる必要が生じた場合に限られるべきものと思料されるのであるが、検察官の訴因変更請求にかかる本件「受取利息の除外」関係事実はそれまでの公判審理において事実として主張されていないことは勿論立証もされておらず、本起訴の「架空仕入の計上」関係事実とは別の新たな証拠によって証明を要する併合罪的事実であるから訴因として追加又は変更し得ないものであるにかかわらず敢えて検察官の請求を適法として認めこれを許可したことである。この点に関し第一審裁判所は判決において、検察官の訴因変更請求が起訴当初の訴因を構成する逋脱所得の内容とは関係のない事項の逋脱所得を訴因に追加したものであることは弁護人らの主張のとおりであるが、これは同一事業年度における逋脱所得の追加で同一公訴事実内での訴因変更であるから何ら訴因変更制度の趣旨に反するものではないとし、原審裁判所はこれに言及していないが当然のこととしているものと思料されるところ、両見解共刑事訴訟法の訴因及び訴因変更制度の立法趣旨を無視している点関係法条の解釈、適用を誤ったものであることは明らかである。

2.次に本件訴因の変更請求は、犯罪捜査の手段に利用されたものである点において違法であり許可されるべきではないのにこれを是認したことである。

すなわち、本件請求は本起訴後約一年四か月後に、しかも次年度分の起訴がなされてからも約四か月後に突如としてなされたものであるが、検察官の昭和四七年五月一六日付意見書(記録四二四丁から四二八丁まで。)及び昭和四八年一〇月二日付冒頭陳述書(記録五〇九丁から五四三丁まで。)によれば追加請求にかかる「受取利息の除外」金額一、二八二万一、四八五円は殆ど中村勇夫なる者からの受取利息であって、本起訴を提起した時から「架空仕入の計上」金額と一括して起訴する予定であったが、「受取利息の除外」関係事実についてはその証拠が十分に確定されないうちに公訴の時効完成が切迫したので、ひとまず公訴の維持に確信を得たという「架空仕入の計上」による逋脱分を起訴して時効の進行を停止させたうえ捜査を続行しそれが完了した時点(追起訴時)から約四か月後において「受取利息の除外」金額を追加することを内容とする起因の変更請求を行ったものであることが明らかである。すなわち、検察官は本来ならば公訴の時効が完成しもはや起訴ができなくなった事実についてその後も捜査を続行し時効完成後約一年四か月後に「訴因変更」の形式で本起訴の公訴事実の一部として組み入れようとしたもの、換言すれば訴因変更の制度をこれが認められた目的外の捜査の手段として利用したのである。この点について、原判決は、検察官が専ら捜査の便宜のため訴因変更の手続を利用したものであることを認めながら、本件法人税逋脱犯は発覚の時点において既に第一事業年度分に関し時効完成の時期が切迫していたこと等の事情に照すと検察官のとった措置はやむを得ない事情によるものであり、訴因変更後の審理の経過に鑑み被告人の防禦権の行使が特に妨げられたものと認められない以上、検察官が専ら捜査の便宜のため訴因変更の手続きを利用したことをもってにわかに本件訴因変更を許容できない程に重大な公訴権の濫用とはいい難いとしてこれを是認したのは、訴因の追加、変更制度の立法趣旨を全く無視し、これを立法趣旨外の犯罪捜査の手段として利用することをも認めるもので関係法条の解釈適用を誤ること、これより甚だしいものはないというべきである。原審裁判所は訴因変更後の審理の経過に鑑み被告人の防禦権の行使が特に妨げられたものとは認められないことを是認の理由とするものの如くであるが、被告人の防禦権の行使が妨げられてはならないことはすべての刑事被告事件において当然に守られるべきことであり、これがかりに守られたからといって本件の如き違法が正当化されるものではない。

3.次に本件訴因変更は、前記のように検察官において脯脱犯の検察処理は終了した旨言明しながら一年四か月もの後突如訴因の追加を行ったことは検察官において独占する公訴権を誠実に行使したものということができず、公訴権を濫用したもの又は少なくとも公訴権を濫用的に行使したものであってこれを許可するべきでないのに許可をした一審の決定を是認したことである。この点に関し、第一審裁判所は判決に当り、弁護人ら主張のような検察官の言明があったか否かについて存否を確認するに足る資料はないが、その訴因変更が審理の経過上その変更後の訴因についての弁護人の防禦権の行使にさしたる影響を及ぼさないような手順のもとになされたものと認められるので、検察官の言明があったか否かにかかわらず弁護人らの主張に従うことはできないとするのであるが、これを煎じつめれば、検察官において右言明をしたとしてもその言明に反してなされた変更請求の訴因に対し、防禦権の行使にさえ影響がなければその変更請求を正当として是認できるというに帰する。しかしながら防禦権の行使に影響があってはならないこと前記の如く当然のことであり、その行使にさしたる影響が及ぼされなかったからといって公訴権の濫用ともいうべき重大な違法を正当ならしめるものではない。

4.次に本件訴因変更請求が、当初起訴より一年四か月を経て漸くなされたことである。この点につき第一審裁判所は検察官の怠慢は非難されねばならないが本件訴因変更は新たに追加された逋脱所得である受取利息の除外そのものに関してはもとより、これと一連の関係にある次年度の受取利息の除外についても、いまだその関係の証拠調べに着手しない段階でなされたものであるからその手続きの遅延によって弁護人らの防禦権の行使にさしたる影響を及ぼさなかったとなし、原審裁判所は、刑事訴訟法が訴因の追加、変更の時期につき明示の制約を設けていないのであるから被告人の防禦権を妨げない限りその時期に制約がないとなすのは、共に前同様防禦権の行使をもって違法を正当ならしめるとするものであって、その当らないものであることはいうまでもない。

三、本件訴因変更請求に際し検察官のとった以上の措置、意図はその一つが存在しただけでも請求を不適法となし棄却するに足る十分な理由たるものと思料するのであるが、これらを総合すれば、検察官の本件訴因変更請求は公訴権を濫用した無効の行為としてこれを却下すべきものであったと考えられる。しかるに原審裁判所は第一審裁判所の見解を承けてこれを是認し、追加された訴因の相当部分を含む事実を罪となるべき事実として認定したことは判決に影響を及ぼすこと明らかな訴訟手続に関する法令違反があったもので、破棄を免れないものと思料する。

訴因変更請求書

法人税法違反 岩切商事株式会社

岩切博盛

右の者らの頭書被告事件につき、昭和四四年一一月二六日付起訴状の公訴事実を左記のとおり変更したく請求する。

昭和四六年三月二三日

宮崎地方検察庁

検察官検事 玉井直仁

宮崎地方裁判所刑事部 殿

一、公訴事実七行目乃至八行目「所得金額が一四、三五四、八五二円でこれに対する法人税額が四、九七二、七二〇円である」とあるのを、「所得金額が二七、一七六、三三七円でこれに対する法人税額が九、五八八、四六〇円である」と変更する。

二、公訴事実八行目乃至九行目「公表経理上架空仕入れを計上し、あるいは架空名義の簿外預金を設定する」とあるのを、「公表経理上架空仕入れを計上するほか、受取利息を除外する」と変更する。

三、公訴事実一四行目「法人税額三、二七〇、五六〇円」とあるのを、「法人税額七、八八六、三〇〇円」と変更する。

以上

特別抗告申立書

法人税法違反 岩切商事株式会社

同 岩切博盛

右者らに対する頭書被告事件につき、宮崎地方裁判所が昭和四七年一〇月一九日なした「当裁判所が昭和四六年四月二日なした訴因変更許可決定を維持する」旨の決定および右原決定に対し左記のとおり、特別抗告を申立てる。

昭和四七年一〇月二一日

右弁護人 佐々木曼

右弁護人 倉井藤吉

同 塚田善治

最高裁判所 御中

申立の趣旨

被告人らに対する頭書被告事件につき、宮崎地方裁判所がなした昭和四六年四月二日付の訴因変更許可決定および昭和四七年一〇月一九日付の右決定を維持する旨の決定はこれを取消す。

被告人らに対する頭書被告事件につき、宮崎地方検察庁検察官がなした昭和四六年三月二三日付の訴因変更請求はこれを許さない。

との御決定を求める。

申立の理由

被告人らに対する頭書被告事件につき、宮崎地方検察庁検察官が昭和四六年三月二三日付をもってなした訴因変更請求は刑事訴訟法の認める訴因および訴因変更制度の趣旨に明らかに違背し、且つ公訴権を濫用した無効のものであって、これを許してはならないものであるにかかわらず、宮崎地方裁判所がなした昭和四六年四月二日付の決定は、これを許可した違法な決定であり、同地方裁判所がなした昭和四七年一〇月一九日の決定は右違法な決定を更に維持しようとするものであって、いづれも法の定める正当な手続きによらないで、被告人らに対し刑罰を科そうとするものであり、憲法第三一条に違反し、到底取消を免れないものと思料する。

以下その理由を開陳する。

第一

(一) 訴因変更が許される限界については、刑事訴訟法(以下単に法と略称する)第三一二条一項において、「裁判所は、検察官の請求あるときは、公訴事実の同一性を害しない限度において、起訴状に記載された訴因又は罰条の追加、撤回又は変更を許さなければならない」と規定するほか、他に直接これに触れた規定は見当らない。しかしながら、訴因および訴因変更の制度の趣旨に明らかに違背する訴因変更の請求は訴因変更の許される限界を超えた違法な訴因変更として、あるいは訴訟下の権利の濫用にわたるものとして、その法的効果は否定されなければならない。第一審公判手続は先ず主題として訴因が設定され、これによって審理されるべき対象を限定し、訴因の範囲を超えた弁論や立証は原則として許さず、訴訟活動は訴因によって枠づけされ、裁判もまた訴因に拘束されて行わなければならない仕組になっている。法が訴因にこのような重要な機能を与えていることは、これによって無限に展開する可能性を含む訴訟に一定の基準を与えることによって、訴訟活動を合理的に制約するとともに公判手続の段階的連鎖的秩序を確保し、ひいては「迅速な裁判」に役立たしめるためであると理解される。このような訴因の機能を全からしめるため法第二五六条は訴因の設定に厳格な形式と訴因構成の明確性を要求しているのであり、そのことは反面一ケの犯罪に対する公訴、具体的に言えば公訴の内容をなす訴因は捜査の結論であることを前提とし、公訴の提起は訴因構成の完結として捉え、それに続く公判手続への移行を期待しているのである。しかし公判審理の経過に伴って事実の認定に変動を生ずる場合、すなわち訴因構成と証拠調べの結果現われた事実との間に齟齬を生ずる場合があるので、このような場合を考慮して訴因の固定に弾力性を認め、公訴事実の同一性と被告人の防禦権を害しない限度において訴因構成の修正を許し、裁判をして証拠上現われた事実に一致せしめることを可能にするところに訴因変更制度の本来的機能が認められるのである。

(二) 訴因および訴因変更の制度の趣旨について、このような理解に立てば、法は原則として一ケの犯罪については起訴時に公訴事実を確定し、訴因構成を完結して訴因を固定することを検察官に要求しているものと解され、一ケの犯罪の全部について明らかにされているのにかかわらず、その一部のみを起訴し、訴因変更を後日に留保するとか、一ケの犯罪のうちある嫌疑事項についての捜査を留保し、公訴事実を確定しないままその一部を起訴し、訴因変更を後日の捜査結果にかからしめるといった意図と経緯の下になされた訴因変更の請求は訴因および訴因変更の制度の趣旨に明らかに違反するものであるから、訴因変更が認められる限界を逸脱した違法な訴因変更請求として、あるいは訴訟上の権利の濫用にわたるものとして、その法的効果は否定されなければならないものと信ずる。

第二

このような見地に立って本件捜査の開始より訴因変更請求に至るまでの経過を検討するに、

(一) 査察着手日 昭和四四年一月二九日

(二) 告発

(1) 告発日 昭和四四年一一月一日

(2) 告発事実

事業年度 実際所得額 実際税額 申告所得額

四〇、一〇、一 二七、二三二、〇〇〇円 九、六〇八、五二〇円 五、二六九、九〇〇円

四一、九、三〇

申告税額 逋脱税額 逋脱方法

一、七〇二、一六〇円 七、九〇六、三六〇円 会社の仕入を公表帳簿上架空に計上しあるいは会社の資金を貸付けて受取っている利息を公表帳簿から除外する等の方法により架空名義の簿外預金を設定する等の不正の手段によりその所得の一部を秘匿した。

(三) 被告人の身柄関係 昭和四四年一一月五日逮捕

同年一一月七日勾留

同年一二月二日保釈

(四) 起訴

(1) 起訴日 昭和四四年一一月二六日

(2) 起訴内容

事業年度 実際所得額 実際税額 申告所得額

四〇、一〇、一 一四、三五四、八五二円 四、九七二、七二〇円 五、二六九、九八八円

四一、九、三〇

申告税額 逋脱税額 逋脱方法

一、七〇二、一六〇円 三、二七〇、五六〇円 公表経理上架空仕入れを計上し、あるいは架空名義の簿外預金を設定する等の不正の行為により所得の一部を秘匿した。

(告発事実の一部である受取利息の除外の事実は起訴内容にはなっていない。)

(五) 準備手続および公判手続

(1) 準備手続 昭和四五年二月一三日

(2) 公判手続

第一回公判 昭和四五年 三月 五日 公訴事実に対する認否

第二回公判 昭和四五年 四月一六日 検察官の冒頭陳述および証拠申請証拠に対する弁護人の意見

検察官申請の証人に対する証拠決定

第三回公判 同年 五月二一日 検察官の冒頭陳述に対する釈明要求

第四回公判 同年 七月三一日 弁護人の右釈明要求に対する検察官の釈明

同意証拠に対する証拠調べ

第五回公判 同年一〇月 一日 証人調べ

第六回公判 同年 同月 二日 証人調べ

第七回公判 同年一一月一二日 被告人の逮捕勾留のため延期

(六) 訴因変更請求

(1) 訴因変更請求書提出 昭和四六年三月二三日

(2) 訴因変更許可決定 同年四月 二日

(3) 訴因変更の内容

事業年度 実際所得額 実際税額 申告所得額 申告税額

四〇、一〇、一 二七、一七六、三三七円 九、五八八、四六〇円 五、二六九、九八八円 一、七〇二、一六〇円

四一、九、三〇(一四、三五四、八五三円)(四、九七二、七二〇円)

逋脱税額 逋脱手段

七、八八六、三〇〇円(三、二七〇、五六〇円) 公表経理上架空仕入れを計上するほか受取利息を除外する等の不正の行為により所得の一部を秘匿する。

(公表経理上架空仕入を計上し、あるいは架空名義の簿外預金を設定する等の不正の行為により所得の一部を秘匿する。)

(注) (   )内は訴因変更前の事実

となっている。

第三

(一) 右に延べた経過によって明らかなとおり、検察官は昭和四四年一一月一日被告会社と被告人について「架空仕入の計上」と「受取利息の除外」を犯則嫌疑事実とする告発をうけ、同年一一月五日から同年一二月二日迄被告人を逮捕勾留して右告発事実を捜査し、同年一一月二六日右告発事実中「架空仕入の計上」のみを犯則所得として起訴し、その後右起訴事実についての公判審理続行中、起訴後約一年四月を経過した昭和四六年三月二三日に至り突然未だ公判審理に現われていない新たな証拠によって前記告発事実中の「受取利息の除外」を起訴事実である「架空仕入の計上」に附加することを内容とする起訴変更を請求したのであって、右請求は形式的には訴因変更請求ではあるが実質的には新たなる起訴に等しいものであり、公判審理の経過に伴う事実認定の変動とは全くかかわりのない訴因変更請求であって、明らかに訴因および訴因変更の制度の趣旨に違反するものといわなければならない。(法人税逋脱犯の公判審理においては究極には所得が審理の対象となるものであるが、具体的には所得を構成する各勘定が直接攻撃の対象となるものであるから、その意味では各勘定が訴因的性格をもっており、(昭和三九年一一月六日東京高等裁判所、昭和四〇年一二月二四日最高裁判所第三小法廷決定)本件訴因変更のように公判審理の経過に伴う事実認定とは何らのかかわりなく、公判審理に現れない新たな証拠によって「受取利息」という益金勘定を附加することは、それによって法廷刑にも影響をおよぼす結果となり(法人税法第一五九条第二項)、その形式は訴因変更であっても実質は新たな起訴に等しいものである。)

(二) しかも検察官が昭和四七年五月一七日付意見書(記録に編綴)において、述べているところによれば、本件逋脱犯は昭和四四年一一月三〇日をもって公訴時効が完成する事情にあったので、検察官は公訴時効の完成に迫られ、告発事実の全部、すなわち「架空仕入の計上」と「受取利息の除外」の犯則嫌疑事実の双方についてまで起訴の確信をうるに至らなかったため、起訴の確信を得た「架空仕入れの計上」だけを把えて公訴時効完成直前に起訴し、「受取利息の除外」についての検察処理は後日の捜査結果に俟つ意図であったというのであるが、およそそのようなことが許されるものではない。何故なれば、かりにもしそのようなことが許されるものとするならば、公訴時効の完成あるいは勾留期限の到来により、ある被疑事実を不起訴となし、ある被疑者を釈放するのやむなきに至った事態を避けるため、検察官において、捜査不十分のままあるいは事実に対する主観的確信にすら到達しないまま、一応見込起訴をして公訴の完成、身柄の釈放を妨げ、後日の捜査によって得られた証拠に合致するよう訴因を変更することを認めざるを得ないことに帰するわけであって、前述の訴因、並びに訴因変更制度を認めた法の趣旨に違反することはもちろん、公訴権の行使をそのような手段に濫用することをも容認することに帰するからである。

(三) 更に百歩を譲り、かりに検察官の右行為が容認されるものであるとしても検察官としては起訴後直ちに捜査を続行して、少なくとも公判審理に入るまでに本件逋脱犯の訴因構成を完結し、訴因を固定して、爾後の公判手続きを可能ならしめる義務があるものといわなければならない。しかるに検察官は起訴時において被告人および弁護人らに対し、本件逋脱犯の検察処理は起訴によって総て終了した旨表明し、被告人および弁護人らは検察官の右言明を信用し、本件訴因変更請求のようなことのあることは夢想だもせず、起訴事実についての公判審理に応じ、前述したとおり七回にもおよぶ公判審理を続行中、(この間昭和四一年一〇月一日から昭和四二年九月三〇日までの事業年度における違反事実につき、昭和四五年一〇月二九日より一一月一九日まで被告人を逮捕勾留し、一一月二八日同事業年度の違反事実を追起訴している点に御留意願いたい)起訴後約一年四月を経た昭和四六年三月二三日に至り突如として本件訴因変更が請求された次第である。およそ訴訟上の権利の行使にはその前提として信義則が要求されているものと理解される。(刑事訴訟規則第一条)弁護人らは検察官の信義に信頼し、検察官の訴訟行為に応じて爾後の訴訟行為を展開してきた次第である。若し弁護人らにおいて検察官の前記意図を察知していたならば検察官に対し、早急に訴因構成を完成することを要求し、訴因構成の完結をみるまでは公判審理に入ることをがえんじなかったであろうし、また犯則所得にかかる勘定(架空仕入)のみを摘出した略式の冒頭陳述に対しては全勘定を明らかにする修正損益計算書の明示を要求し、犯則所得勘定(架空仕入)以外の勘定について附加変更のないことを確めた上起訴事実の公判審理に応じたはずである。このようなことに鑑れば、本件訴因変更請求に至るまでの検察官の態度には信義に反した詐術ともみられる作意があったものと認めざるをえないのである。

結語

以上延べた理由によって本件訴因変更請求は明らかに法が認めた訴因および訴因変更制度の趣旨に反し、訴因変更が許される限度を超えてなされたものであり且つ訴訟上の権利の濫用にわたるものであって無効のものであるから到底許されるべきものではないのにかかわらず、これを許可し、更にこれを維持した原決定は法廷の手続きによらなければその生命若しくは自由を奪われ、又その他の刑罰を科せられない旨の憲法第三一条に違反するからこれを取消し、検察官の訴因変更請求を不許可とされたく、特別抗告に及んだ次第である。

第二点 判決に影響を及ぼすこと明らかな重大な事実誤認について

一、中村勇夫からの受取利息除外関係

原判決は、被告人会社が、判決書別紙(1)(2)(本趣意書にも添付)記載のとおり、昭和四〇年一〇月一日から昭和四一年九月三〇日までの第一事業年度において、中村勇夫なる者に対し九回に亘り合計一億二、四〇〇万円の簿外貸付をし、合計一、二七〇万円の利息を同人から取得し、昭和四一年一〇月一日から昭和四二年九月三〇日までの第二事業年度において同人に対し四回に亘り合計九、〇〇〇万円の簿外貸付をし、六回に亘り合計一、二二五万円の利息を同人から取得しながらそれぞれの年度の申告所得よりこれを除外した旨認定したが、被告人会社は中村勇夫なる者に簿外貸付をした事実、同人より利息を取得した事実共になく、原判決は事実を誤認したものである。

1.本件の経過は次のとおりである。

(一) 検察官は、被告人会社が、宮崎市所在赤江農業協同組合(以下赤江農協ともいう。)管理課長谷口秀精(以下谷口ともいう。)を介し中村勇夫(以下中村ともいう。)なる者に、昭和四〇年一〇月一日から昭和四一年九月三〇日までの第一事業年度において、八回に亘り合計一億二、五〇〇万円を貸付け同人の支払った裏利息中から大野惟孝の仲介手数料を差引いた一、二七五万円を取得し、昭和四一年一〇月一日から昭和四二年九月三〇日までの第二事業年度において六回に亘り合計一億一、五〇〇万円を貸付けたほか約束手形等を割引き中村の支払った裏利息等の中から大野惟孝の仲介手数料及び前受利息を差引いた三二、〇三五、九一二円を取得しながらこれを被告人会社の架空名義の裏預金として隠匿留保し各事業年度における所得からこれを除外して虚偽の申告をしたことを内容の一部とする起訴をした(検察官の昭和四八年一〇月二日付冒頭陳述書別紙3記録五二二丁。これと被告人の主張を弁護人において整理した別紙(一)を本趣意書に添付)。

(二) これに対し、弁護人らは、被告人岩切において、中村勇夫に対し、昭和四三年八月頃四回に亘り合計二、九〇〇万円の個人資金を貸付けたことがあるほか、直接にも間接にも被告人会社又は被告人岩切個人の資金を中村に貸付けたり裏利息を受領したという事実は一切ない。もっとも被告人会社、被告人岩切個人、被告人会社に勤務していた山下哲夫らにおいて赤江農協に対し、昭和四〇年一〇月一五日から昭和四三年一月五日までの間定期貯金及び普通貯金をした事実はあるが、これは当時赤江農協の管理課長であった谷口秀精から同農協に協力預金をして貰いたい旨再三に亘って懇請され、被告人会社としても同農協傘下の園芸農家から園芸ハウス用の鋼材を買って貰いたい下心があったため貯金をしたもので、中村に貸したものでないことは勿論赤江農協に対し中村に貸付けることを容認した事実もなく、まして赤江農協所定の利息以外に裏利息を受取ったことなど全くない。当時宮崎県下各農協の貯金獲得競争は激しく被告人会社は昭和四〇年一〇月二三日同県国富町農協にも一、〇〇〇万円を貯金して取引をはじめている(記録三〇五四丁、本趣意書にも元帳写添付)のであるが赤江農協に貯金したのもこれと全く同趣旨によるものである旨の事実を陳述したのであるが、第一審は第二事業年度における約束手形等の割引料一〇〇万円を否認しただけでその余の検察官の起訴事実をすべて是認した。

第一審が事実認定の主要な証拠としたのは中村勇夫の上申書、大蔵事務官に対する質問てん末書、検察官に対する供述調書(以下供述調書という。中村は昭和四八年一二月六日死亡したため同人の供述調書は弁護人の反対尋問にさらされることなくそのまま証拠として採用された。)及び谷口の証言で、中村が取引していた赤江農協外多数の金融期間における多数名義による預金口座の預金、払戻をその裏付とするものであった。しかしながらこれら金融機関に入金した金の出所、そこから出金した金の行先については、谷口の証言時はもちろん、中村の調書作成時においてさえこれを記録した帳簿もメモもなく記憶に頼って供述し、証言したものであり、その記憶も中村にあっては二年ないし三年以前のことを想起して延べたもの、谷口にあっては一〇年以上前のことを想起しながらの証言であり、当然のことながら正確を期し難いものであった。更に本件は検察官が中村勇夫と被告人会社間の多額の金銭の貸付、返済を主張する以上被告人会社において、中村が貸付を受けたと称する金額を出金したこと、中村が返済したとする金額を受入れたことを証する記録なくしては中村の供述調書等の記載、谷口の証言をそのまま信用することは甚だ危険であること多言を要しないところであるが存在するのは中村の供述調書、谷口の証言の各内容と金額、日時共にかなり相違する被告人会社の赤江農協に対する貯金通帳(福岡高等裁判所宮崎支部平成元年押第一号符号六四。以下符号で表示する。写を本趣意書に添付別紙(三))同貯金元帳(符号六五の二、写を本趣意書に添付別紙(四))、被告人会社振出の公表小切手(近藤康夫作成証明書番号18、検察官証拠請求一連番号三六三。以下作成者名18、三六三の略式で表示、写を本趣意書に添付別紙(五))、被告人会社の宮崎銀行橘通支店における普通預金元帳(近藤康夫検察官証拠請求一連番号四五五)だけであり、更に又中村の供述調書の記載、谷口の証言には矛盾が多く、これをたとえば谷口が証言したとおり、被告人会社が赤江農協を介し中村に貸付をし払い戻しを受けたものとすればその取引が終了したという昭和四三年三月二五日まで中村は被告人会社に対し四、〇〇〇万円の過払いをしたこととなる(本趣意書にも添付別紙(六))が、そのようなことが発生する筈はないのであるから同人らの供述、証言は到底信用することができないものであるにかかわらず、第一審は敢えてこれを信用したのである。又被告人会社は、赤江農協に対し、貯金した金を中村に貸付けることを認めた事実は全くないのにかかわらず第一審は「いやしくも公的機関たる赤江農協が、特定の大口預金者なる被告人会社から受取った預金なるものを、そのまま特定の第三者、すなわち中村勇夫への融資に向けることはその預金者なる者の同意なしには到底できることとは考えられない(第一審判決一八丁裏)となし、赤江農協が被告人会社の貯金を中村勇夫への融資に向けた事実がある以上、それは被告人会社が同意していたからであると断定しているのである。金融機関は、それが公的であれ私的であれ預金された資金の貸出しに際し、その預金債権が担保とされた場合を除き預金者の意向に左右されるものでないことは初歩の社会常識である。かりに赤江農協が、被告人会社の貯金を中村への融資に向けていたとすればそれは、当時赤江農協の信用業務が極度に紊乱し、公的機関でありながら同組合の幹部らはその任務に背いて中村一個人に奉仕することに専念していたからである。そのことは原審取調べの佐々木道夫に対する背任被告事件の判決書(記録六二二六丁の一から四まで)、植木忠義、谷口秀精外二名に対する背任等被告事件の判決書(記録六二二六丁の五から二七まで)によって明らかである。第一審は、赤江農協が公的機関であるが故に不正はないものとの予断にとらわれたため事案の真相を見失うに至ったものという外はない。以上は第一審判決の犯した誤の一部にすぎない。個々の貸付、返済なるものの認定についても数多の誤を犯していること弁護人らの控訴趣意書及び原審における弁論要旨に記載したとおりである。

(三) 第一審における個々の貸付、返済なるものの審理において、弁護人らが不合理なものとして最も争ったのは昭和四二年三月三一日中村が赤江農協を介し、被告人会社に四、〇〇〇万円を返済し、翌四月一日四、〇〇〇万円の貸付を受け昭和四二年一二月五日にこれを完済するまで毎月一割乃至三割の高利を支払っていたとの点であった。かりに被告人会社の貯金が赤江農協により中村への融資に向けられていたとしても符号六四の貯金通帳(以下単に貯金通帳ともいう。)によって明らかなように昭和四二年三月三一日には被告人会社の貯金残高はなかったのであるから同日四、〇〇〇万円もの払戻しを受け得る筈はないのである。被告人会社は貯金通帳記載のとおり同日赤江農協に対し四、〇〇〇万円(小切手)を貯金し三日後の同年四月三日これが払戻しを受け以後同年九月三〇日一、五〇〇万円の貯金をするまで残高がなかったのである。又被告人会社は昭和四二年一月一〇日一、五〇〇万円の払戻しを受けてから残高がなかったのであるが三月末谷口から三月三一日は赤江農協の決算日で貯金残高を多くするため一日でも二日でも協力貯金をして貰いたい旨の懇請を受けでき得る限りの余裕資金を極く短期の約束で赤江農協に貯金したのであった(被告人岩切の原審第七回公判における供述。)。それにもかかわらず谷口は、第一審において中村が同年三月三一日被告人会社に四、〇〇〇万円を返済したうえ、同日四、〇〇〇万円の貸付を受けたものであり、貯金通帳の記載の順序が事実と逆になっているのは預金者の指示によるものである旨証言し、第一審はこれを信用し且つ中村の大蔵事務官に対する質問てん末書の記載に従い、同年一二月五日これが完済されるまでの間毎月一割乃至三割の高利を仲介した大野惟孝に支払っていたものとするなど、検察官の主張中僅かに第二事業年度の昭和四二年六月一六日約束手形等の割引料として中村から取得したという一〇〇万円を否認しただけでその余の主張をすべて認め、中村から、第一事業年度において一、二七五万円、第二事業年度において三、四七五万円の各利息収入があったものと認定したのであった。

(四) しかし、第一審は事実を誤認していたのである。中村は赤江農協に対するいわゆる導入預金事件で昭和四三年八月二二日宮崎警察署に逮捕され(中村の検察官に対する昭和四四・一一・一九付供述調書記録一一六四丁)て間もない同年九月七日、司法警察員森田義晴に対し、「谷口が私に中メガネから資金を借入れるよう交渉してやるからそれで農協借入れを一度精算してくれというので………昭和四二年四月三日谷口と一緒に中メガネ店こと中清子方に赴き同女の内縁の夫で谷口の実兄である谷口智明に頼んで同女から四、〇〇〇万円を借りて岩切商事の借入れを精算した」旨供述していることが原審に入って間もなく弁護人らに判明しその調書(以下森田調書という。)が原審第三回公判において証拠として採用されたのである(記録別冊第五冊七一三丁以下)。右調書にいう、中村が赤江農協を介し被告人会社から貸付を受けていた旨の記載は被告人会社の認めないところであるが、昭和四二年四月三日赤江農協より被告人会社に対し四、〇〇〇万円が払戻され精算されたとの点は、貯金通帳、その元帳である符号六五の二の各記載と一致し、又右調書に記載されている中村が以後中メガネ店関係から融資を受けるようになったとの事実も谷口作成の備忘と題するノート(符号八五、本趣意書にも添付別紙(七)。)の記載によって裏付けられ、第一審の認定を覆えすに十分な証拠であった。谷口も亦原審第三回、第四回、第五回公判において第一審における証言を全面的に改め、被告人会社の赤江農協に対する貯金はすべて協力預金であるが、預金者の意思とは関係なく中村に貸付けられていた、その貯金額、貯金、払戻の順序は被告人会社の貯金通帳記載のとおりである旨証言し、本件の四、〇〇〇万円に関しても赤江農協は昭和四二年三月三一日被告人会社から四、〇〇〇万円の預金を小切手で受け同年四月三日その全額を払戻したがその資金は中清子から借りたものである旨、右森田調書記載同旨の証言をなし、何れもその信用性を認められた結果、第一審が認定したこの四、〇〇〇万円の預金関係及びこれに対する利息として認定した中村の多額の利息の支払いはすべて否認され且つ昭和四二年三月三一日以降の貸借として第一審判決が認定していたすべての分について明白な証拠に反するものや不合理なものあり、信用し難いとして否認されたのであった。その結果第一審判決が認定した第二事業年度における被告人会社の中村からの取得利息三、四七五万円は一、二二五万円に減縮された。

2.こうして原審の認定は、真実に一歩近づいたことは事実である。

ところが原審は昭和四二年三月三一日までの中村に対する貸付、中村からの取得利息なるものについての第一審判決の認定を、「概ね正当として是認し得る」となし、山下哲夫から貸付けられたとする元本一〇〇万円の貸付及び同人に支払われたとする利息五万円を除きその余の取得利息一、二七〇万円について第一審判決の認定金額をそのまま認めたのである。原審は一審同様証拠に対する価値判断を誤り、証拠価値のない証拠を信用し証拠価値十分な証拠を信用性ないものとしてしりぞけた結果事実を誤認してしまったのである。

すなわち

(一) 原判決は、一方において第一審判決が信用性十分として認定の根拠とした中村の供述調書等について「被告人会社からの借入に関し、これを逐一記載した正確な記録が存しなかったことから、各預金口座の金銭出納、小切手等に基づき、記憶を喚起して作成されたものであるため、借入の事情等に関し、中村勇夫本人の記憶違いあるいは思い込み違いがあり、したがって、必ずしも全てについて正確を期し難いものである」と判示し、更に、谷口の第一審証言も「その供述どおりとすると、中村勇夫は岩切商事から借入れた元本額を四、〇〇〇万円も上回る借入金の返済をなしたこととなるばかりか、支払利息額との間にも矛盾、齟齬のあること、そして谷口秀精は、当審においては、一転して、その原審証言を翻すのみならず、寧ろ、積極的に被告人岩切商事らの主張に副う供述をなし、更に中村勇夫が中メガネ店グループ関係から多数回に亘り、合計二億五、〇〇〇万円程度の借入をしていたこと、そして、中メガネ店グループ関係が自己の親戚筋に当たることから、それからの借入に関して真実を隠していたことを告白するに至っているものである。したがって、谷口秀精の原審証言は、珠更真実を秘匿しようと計った部分のある疑いが強く全面的には信用し難いものである」と判示している。これは一言にしていえば第一審が十分信用のできるものとして事実認定の基礎とした中村の供述調書等、谷口の第一審証言には記憶違いや嘘が多く信用し難いということに外ならない。従ってこれらの供述調書の記載や証言に対しては深い疑いをもって対処し、その供述、証言を支えるに十分な裏付けがなければ軽々しくこれを犯罪事実の証拠として採用できないものであることはいうを俟たないところであり、原判決も昭和四二年四月三日赤江農協から被告人会社に四、〇〇〇万円が払戻されてから後の取引として第一審判決が認めた事実を否認するに当り、随所において「岩切商事からの出金を確実に証明し得る小切手等商業証憑の見当らない以上」岩切商事からの借入と認めるのは相当でないと判示しているのは正に証拠に対する合理的判断に基づいて認定したものでその認定は相当ということができる。そうしてこの態度は「岩切商事からの借入」を認める場合に限らず「岩切商事への返済、利息の支払」を認定するに際しても当然とられるべきもの、すなわち被告人会社への入金を確実に証明し得る商業証憑なくしては中村の供述調書や谷口の第一審における証言だけでこれを認めるべきものでないことは明らかである。

(二) しかるに原判決は、不可思議にも昭和四二年三月三一日以前の預金の認定に当り「岩切商事からの出金を確実に証明し得る小切手等商業証憑」が全くないのにかかわらず中村の供述調書や谷口の証言だけで被告人会社からの借入なるものを認定し、又「岩切商事への入金を確実に証明し得る商業証憑」が全くないのにかかわらず中村の供述調書や谷口の第一審における証言により被告人会社への元本返済や利息の支払を認定した第一審判決の判断を鵜呑みにしてしまったのである。中村の供述調書や谷口の第一審における証言が記憶違いや嘘で固められていたことが判明したのにかかわらず、第一審判決認定事実の一部についてはこれを否認したものの、大部分の事実についてはそのままこれを認めたため殆どの事実を誤認してしまったのである。そのことは原判決書別紙(1)(2)「被告人会社から中村勇夫に対する簿外貸付経過表」(本趣意書にも添付別紙(八)(九))と貯金通帳記載の順序に従い各事実を検討してみれば明らかである。すなわち、

(1) 昭和四〇年一〇月一五日の一、五〇〇万円の定期貯金について、原判決は第一審の認定に従い、全額被告人会社からの中村に対する貸付と認定する。しかしながらまず金額につき被告人会社がなしたのは小切手による一、三五〇万円だけであり現金一五〇万円は被告人岩切個人の貯金(ただし名義は実兄正富名義)であることは定期貯金証書(符号七五別紙一〇、一一)が発行されていること、昭和四一年一月一四日の到来により貯金が払戻された後被告人会社による貯金の一、三五〇万円だけが宮崎銀行橘通支店における被告人会社の普通預金口座(近藤康夫四五五、なお同口座元帳により作成した払戻金及び利息の預金日、金額をぬき書きした「赤江農協から金利の受取期日」と題する書面を本趣意書に添付別紙一二)に利息と共に入金されていること、原審第七回公判における被告人岩切の、現金一五〇万円は被告人個人のものである旨の供述により、この一五〇万円は被告人岩切の個人資金を貯金したものであることが明らかであるのに原判決はこれを否認し得る何の根拠もなしに漫然第一審の認定に従ってこれを被告人会社の貯金となし、又この二口の貯金は前記の如く谷口の再三の懇請により赤江農協に協力貯金をしたものであるのに、中村に貸付けるための手段として同農協の了承のもとに預け入れたものとし、

(2) 昭和四一年一月一四日右一、五〇〇万円を同農協より払戻しを受けたのに中村から返済を受けたものとなし(第一審の谷口の証言によれば赤江農協は右貯金の中から一、〇〇〇万円を中村に貸したが、中村がこれを赤江農協に返済したのは昭和四一年二月二八日、五〇一万〇、七八五円、三月九日、四八万九、二一五円、三月三一日、四五〇万円と利息三七万九、六〇〇円であったという。第一審判決二一丁裏、これからみてもこの一、五〇〇万円の貯金は中村に貸したものでないことは歴然としている。)。

(3) 同年四月二〇日の貯金は、小切手、貯金通帳により七〇〇万円であり他に何らの証憑もないのに一、〇〇〇万円を中村に貸付けたものとなし、

(4) 同年同月二一日の貯金は、前同様五四〇万円であり他に何らの証憑もないのに二、〇〇〇万円を中村に貸付けたものとなし、

(5) 同年同月三〇日の払戻金額は貯金通帳により七〇〇万円であり他に何らの証憑もないのに中村から一、〇〇〇万円の返済を受けたものとなし、

(6) 同年五月一〇日の貯金は小切手、貯金通帳により二〇〇万円であり他に何らの証憑もないのに一、〇〇〇万円を中村に貸付けたものとなし、

(7) 同年同月三〇日の払戻金額は貯金通帳により七四〇万円であり、これを超える金額の払い戻しは残高の関係上受け得る筈はなく、更に原審第一六回公判において取調べられた川野周平作成にかかる昭和四四年一一月二四日付証明書(番号116記録六二二六丁の九八から一〇二まで)によれば、赤江農協が同日宮崎銀行より払出した二、〇〇〇万円のうち七四〇万円が同銀行の自己宛小切手とされて被告人会社に支払われたものであることを認めることができるが、その余の一、二六〇万円については被告人会社に支払われたことを認めるに足る証拠はなく、却って被告人会社以外の者に支払われたものであることが推測され、他に何らの証憑もないのに中村から二、〇〇〇万円の返済を受けたものとなし、

(8) 同年六月二五日の貯金は小切手、貯金通帳により一、二五〇万円であり、第一審が被告人会社のものと認定した谷口作成のメモ(符号六〇号)のうち一、五〇〇万円につき谷口は原審第五回公判において検察官の問に答え、「第一審ではこれを被告人岩切から預かったもののように証言したが後から考えて私が勘違いをして岩切商事から預かった小切手と中メガネから預かった現金を混同して申し上げた関係で、その点は私が間違った証言をしたということで訂正さしていただきます。」「中メガネというのは私の兄がそこにいたので一時預かってすぐ返したので全然記帳はしていない」と証言する。そうだとすれば、六月二五日赤江農協名義の宮崎銀行の普通預金口座に預金された二、七五〇万円のうち一、五〇〇万円は中メガネ店から預かったもので被告人会社の貯金は一、二五〇万円であり他に何らの証憑もないのに二、七五〇万円を中村に貸付けたものとなし、

(9) 同月二九日の二五〇万円は赤江農協に対する貯金であり他に何らの証憑もないのにこれを中村に貸付けたものとなし、

(10) 同年七月二九日の貯金は七月三〇日であり、その金額は小切手、貯金通帳により六七〇万円であり他に何らの証憑もないのにこれを七月二九日、一、〇〇〇万円を中村に貸付けたものとなし、

(11) 同年九月二九日の払戻金額は貯金通帳により一七〇万円であり他に何らの証憑もないのに中村から二、〇〇〇万円の返済を受けたものとなし、

(12) 同年一〇月五日一、五〇〇万円の払戻を受けたことが貯金通帳及び谷口の証言(原審第四回公判)により明らかであるのにこれを否認し、

(13) 同年一〇月二四日何らの証憑もないのに一、五〇〇万円を中村に貸付けたものとなし、

(14) 同年一一月二二日何らの証憑もないのに中村から一、五〇〇万円の返済を受けたものとなし、

(15) 同年一二月三〇日の払戻金額は貯金通帳により五〇〇万円であり他に何らの証憑もないのに中村から一、〇〇〇万円の返済を受けたものとなし、

(16) 昭和四二年一月九日、同月一〇日各一、五〇〇万円の払戻を受けたことが貯金通帳及び谷口の証言(第一審第四〇回公判、原審第四回公判)により明らかであるのにこれを認めず、

(17) 同年二月二八日何らの証憑もないのに五〇〇万円を中村に貸付けたものとなし、

(18) 同年三月一日何らの証憑もないのに中村から一、五〇〇万円の返済を受けたものとなし、

(19) 同年三月三一日四、〇〇〇万円の貯金をなし同年四月三日これが払戻を受けたものであることが貯金通帳によって明らかであり他に何らの証憑もないのに三月三一日中村から四、〇〇〇万円の返済を受けたうえ四、〇〇〇万円を貸付けて切替をし同年四月三日中村から四、〇〇〇万円の返済を受けたものとなし、

(20) 被告人会社が取得したという中村の支払利息について、被告人会社への入金を証明する如何なる証憑もないのに一五回に亘り二、四九五万円を取得したものとなし

たのである。

(三) 原審は一方において符号六四の貯金通帳の記載を信用しこれに反する中村の供述や谷口の第一審における証言の信用性を否認しながら、以上の事実の認定にあたっては今度は反対に何の理由もなく貯金通帳やその元帳の記載を無視し専ら中村の供述や谷口の証言を信用した第一審に倣い、否認すべき事実を罪となるべき事実の一部として認めてしまったものであって、原判決はこの一点からしても破棄を免れないものと信ずる。

3.最後に森田調書と刑事訴訟法第二九八条第二項との関係について一言したい。

本件にあって、森田調書の発見は被告人岩切の弁護人らにとっては劇的な出来事であった。昭和四二年四月三日の四、〇〇〇万円の払戻が単にその後の貸付、利息の支払に関する検察官の主張を文字どおり根底から覆すだけでなく、その前の貸付、利息の支払に関するそれをも覆えすための要の払戻となっていたからである。貯金通帳によりそのことが明らかであるにかかわらず検察官はその記載を虚偽となし、谷口又検察官に同調し、その記載内容の真実性を立証することが至難と感じられていた折の発見であったからである。

ところがこの調書は大野惟孝らに対する「預金等に係る不当契約の取締に関する法律」違反被告事件等の証拠として本件に併合前の第一審において取調べ済であったのである(記録全四五冊中三四冊の七一三丁)。そうしてそのことが原審に入ってから被告人岩切の弁護人らに判明したので急遽その写しを得て被告人岩切らの証拠として申請したのであった。以上の経緯により本件が第一審に継続中この調書が協同被告人大野の証拠として取調済であることは検察官は勿論第一審裁判所にも分っていたのである。そうしてこれを知らない被告人岩切の弁護人において赤江農協に対する四、〇〇〇万円の貯金が昭和四二年四月三日をもって精算されたことを立証しようとして空しく証人谷口に迫っていることを第一審裁判所も知っていたのである。少なくとも第一審の証拠調終結までには同審に分っていなければならなかったものである。それにもかかわらず第一審は証人谷口に対し、このような調書が存在することを告げて四、〇〇〇万円精算の事実の存否を確かめることすらなさなかったのである。刑事訴訟法第二九八条第二項は、裁判所は、必要と認めるときは、職権で証拠調をすることができる、と定める。第一審としては本条項の趣旨と中村が死亡したことにより同人の供述調書等を弁護人らの反対尋問にさらすことなく採用した事情に鑑み、少なくとも谷口に対し中村の供述内容の真否を確かめておくべきものであったのではなかろうか。これが大野の証拠として採用されていた以上同被告人の公訴事実との関係においてそれができた筈である。そうすれば本件は恐らくは数年早く結審できたのではなかろうか。反対にこの調書が岩切の弁護人らに発見されないまま事件が確定した場合、恐らく被告人岩切らは生涯無実の罪を背負うことになったであろうことを考えると第一審が本件に対して取った態度は不誠実であり義務違反に近いものであるとさえ言うことができるものと思料するのである。

二、簿外仮名預金による受取利息除外関係

原判決は、被告人会社が昭和四〇年一〇月一日から昭和四一年九月三〇日までの第一事業年度における受取利息中、山下桂子名義の預金に対する利息七〇一円、押川健治名義の預金に対する利息七円計七〇八円と、昭和四一年一〇月一日から昭和四二年九月三〇日までの第二事業年度における受取利息中山下桂子名義の預金に対する利息二、二〇二円、押川健治名義の預金に対する利息七六五円計二、九六七円を受取りながらそれぞれの事業年度の所得から除外したものと認定する。

しかしながら、右はいづれも被告人会社の所得ではない。何故なれば押川健治なる者は被告人岩切又は被告人会社の者とは認め難い者であり、従って同人のなしたという預金も又被告人会社とは無関係のものであり、山下桂子の預金は次項において述べる如くこれ又被告人会社の預金と認めることは相当でなく、従ってこれに対する利息を被告人会社の受取利息とはなし得ないものであるからである。

三、雑収入除外関係

原判決は、被告人会社が、昭和四〇年一〇月一日から昭和四一年九月三〇日までの第一事業年度において簿外接待交際費三四万三、七〇〇円の支出及び雑収入三六万七、六一四円の計上を除外し、昭和四一年一〇月一日から昭和四二年九月三〇日までの事業年度において簿外接待交際費六一万二、七〇〇円の支出及び雑収入五五万七五七円の計上を除外していたものと認定する。

右簿外接待交際費の支出除外は認めるが雑収入を被告人会社の課税所得とすることは相当でない。何故なれば山下桂子名義の預金中には約束手形の延利、被告人会社の古品を売った代金等被告人会社の雑収入として計上すべきものが含まれていることも事実であるが、その外被告人岩切をはじめ被告人会社の社員ら個人所有の古衣料、古書籍その他生活用品を処分した代金も含まれており、それが被告人会社の古品の処分代金等と区別し得ないからである(被告人岩切の第一審第五六回公判における供述、記録四七七二丁、四七七三丁)第一審判決は仮にこの代金中に個人が出した廃品の売却代金が含まれているとしても、それは個人が所有権を放棄したものであるから被告人会社に帰属するといい、原審は何らの見解も付することなくこれに従っているが、右廃品というのは自らの使用を必要としなくなったというだけのことであって所有権を放棄したわけではないから原判決の認定は相当ではなく事実を誤認したものである。

四、架空仕入関係

1.原審は、被告人会社が

(一) 昭和四〇年一〇月一日から昭和四一年九月三〇日までの事業年度において山田商事株式会社(以下山田商事ともいう。)から二四回に亘り平板、釘、パイプ等総額九〇八万四、八六四円を仕入れ、その代金を小切手、現金、為替手形で決済支払いしたことをもって右仕入は架空であり仕入代金の支払いも実際にはなかったものとなした第一審判決をそのまま認定し、

(二) 昭和四一年一〇月一日から昭和四二年九月三〇日までの事業年度において、

(1) 田中直人、富岡精次、藤田吾一、岡村覚二、金森七郎の五名から合計一五、五五五、四一〇円相当の鋼材の仕入を計上したことをもって右仕入は架空であり仕入代金の支払いも実際にはなかったものとなした第一審判決をそのまま認定し、

(2) 泉幸生、北野道夫、坂田年夫、白木明年、杉原保、菅原成吉、立山国夫の七名からの仕入鋼材中合計二、三九六、二八二円分の仕入は架空であり代金の支払いも実際にはなかったものとなした第一審判決をそのまま認定したが被告人会社は架空仕入を計上した事実はなく、原判決は事実を誤認したものである。その理由は弁護人らの控訴趣意書(記録五九三七丁から六〇五八丁まで)において陳述したとおりであるから同趣意書中本件に相当する部分(六〇一三丁から六〇五七丁まで)を援用(但し記録六〇二五丁終りから三行目「原判決は」から六〇二六丁一行目「その証拠である」迄を除く)することとし、なお以下の点をつけ加える。

2.(一) 山田商事関係

弁護人らが、原審において提出した「山田商事株式会社からの仕入商品販売先明細表」(記録全四五冊中四四番目)によれば山田商事から仕入れられた商品はすべて販売されておりこれによってみても同会社からの仕入は決して架空ではないことが明らかである。しかるに検察官は原審において大蔵事務官前田拓広の作成にかかる「山田商事株式会社からの架空仕入に関する調査書」と題する書面(記録全四五冊中四三冊目、証拠書類部一三三丁から一九〇丁まで。以下前田調査書という。)に拠り山田商事からの仕入がなかったとしても正規の仕入先からの仕入数量により得意先への販売が可能であったと主張し、原審又これに従い被告人の供述は、にわかに採用できないとする。しかしながら、右前田調査書によれば、山田商事以外の仕入先からの商品をもってしては得意先に販売することのできなかった商品は別紙(三)のとおり仕入価格にして六、二四〇、六九九円に及ぶのである(同調査書の差引残数量欄に△印のある数量を、当時の仕入れ単価に乗じ得た金額)。その全部が山田商事からの仕入商品をもって販売されたものではないとしても大部分が同商事からの仕入商品をもって充足されたものであることは明らかである。更に被告人会社では仕入はすべて本店でなしているが販売は本店、延岡支店、都城支店の三店でそれぞれ現金売、掛売をしているところ、前田事務官が売上算定の資料とした西都方面、土建関係、商店関係、熊谷組、志多組、個人関係、日南方面に対する各掛売(同調査書五七頁)は、被告人会社本店における掛売の内訳であって、これには本店の現金売分及び都城支店の現金売、掛売分、延岡支店の現金売、掛売分の金額は算入されておらず、本趣意書に添付する「岩切商事株式会社の本店及び各支店の売上表」(別紙一四)によれば、被告人会社の本店、支店の売上割合は本店八〇%、都城支店一二%、延岡支店八%ということであるから両支店の売上高をも調査の対象とした場合、同調査書のいわゆる正規の仕入先からの仕入商品だけでは顧客の需要に応じ得なかった筈の商品の価額は、前記の金額を遙かに越えるであろうことはいうまでもない。そうして右のように販売数量が仕入数量を超える原因は山田商事からの仕入を無視するためであることは容易に看取し得るところである。されば前田調査書は、被告人会社が架空仕入を行ったことの裏付となるものではなく、却って山田商事から仕入れのあったことを証明するものといわなければならない。原判決は証拠の価値判断を誤り事実を誤認したものである。

(二) 田中直人ほか四名関係

田中直人、富岡精次、藤田吾一、岡村覚二、金森七郎の五名からは別紙(一五)(原審第一一回公判調書に添付されているものに同じ)のとおり合計一五、五五五、四一〇円相当の鋼材を掛仕入したものであるところ、原判決は各人につき同表最下欄記載金額の鋼材が同人ら相互の関係において、あるいは他の大手の仕入先との関係において重複して仕入れられているものとなし、この分を架空仕入の計上とするだけでなく、同人らからの仕入鋼材全部につき架空仕入の計上を行ったものとする。しかしながら、原審第九回公判において取調べられた仕入帳綴(記録六三一四丁の二一六以下)によれば同人らから仕入れた鋼材は大部分被告人会社の得意先に販売されているのである。仮りに同人らからの仕入を全部架空のものとした場合被告人会社が得意先に販売した鋼材は一体如何にして調達されたというのであろうか。公表の帳票に記載された販売先、数量、金額は虚偽のものであって事実は販売されてはいないというのであろうか。そのようなことがあろう筈のものではないし、検察官においても販売先の帳簿によりその真実であることを確認している筈である。田中直人らからの仕入をすべて架空のものとする以上同人らから仕入れられ得意先に販売されたとするすべての鋼材の出所について首肯するに足る証明がなされない以上到底これをもって架空の仕入となすを得ないものであることは明らかであるが原判決はその証明がないのにこれらをも架空仕入の計上とするのである。

更に被告人会社は、田中直人らに対し、別紙(一五)に見られるように、合計八、四五五、九五五円相当の鋼材を翌事業年度において返品しているのである。この返品は被告人岩切の原審第八回公判における供述によれば、田中直人らからは一時的な需要に左右されて買い大部分売ってあったが、中に品質のよくないものが一部あったのと同人らからの代金の支払い請求が急であったことから残っていたものに在庫品を混ぜて返品したものであるという。被告人会社が架空仕入の計上を企んだものとすれば返品処理をする筈はなくこのことは現実に商品を仕入れたことの有力な証拠と思料するのであるが、原判決はこの点についても答えるところがないのである。

原判決はこれらの者らからの仕入についても事実を誤認したものである。

(三) 泉幸生ほか六名関係

泉幸生、北野道夫、坂田年夫、白木明年、杉原保、菅原成吉、立山国夫の七名からは別紙(一六)現金仕入関係一覧表のとおり合計九、〇七二、一七五円相当の鋼材を現金仕入れしたものであるところ、検察官は、うち二、三九六、二八二円分について架空仕入の計上を行ったものとして起訴し、第一審はこれをそのまま認め原審もこれを是認する。第一審の認定の理由はこの分については大手の仕入先からの仕入と重複するというのであるが、その当らないこと控訴趣意書において陳述したとおりである。

なお検察官は、前項の田中直人らからの掛仕入に対しては前記の如く同人ら相互の関係において、あるいは他の大手の仕入先との関係において、重複して仕入れられているものありとして同人らからの仕入鋼材全部について架空仕入の計上を行ったものとして起訴しながら、本件現金仕入関係については、大手の仕入先からの仕入と重複するものだけを架空仕入の計上として起訴しその余の仕入れについては起訴していないのであるが、その理由は現金仕入全部を架空のものとした場合、これらの者から仕入れ、得意先に販売されたとされる鋼材について、別の仕入先を証明することができなかったことにあるものと思料されるのである。果してそうだとすれば前記田中直人らからの仕入商品についても同様の事情があったのにこれについては敢えて仕入全部を起訴するなど検察官の事実に対する見方に一貫性が認められないのであるからその認否については慎重なる審理を要するにかかわらず第一審、原審共検察官の主張を軽々に認定して事実を誤認したものというべきである。

3.本件架空仕入の計上関係事実は、検察官において、被告人会社が商品の仕入をしないのに恰も仕入れたものの如くその代金(損金)の支払を公表帳簿に計上し、もって損益計算の上で利益金からその代金相当額を滅殺した旨主張するものである。しかしながら、被告人会社は、公表の帳票に損金の発生と同時にこれに対する商品すなわち資産の取得をも同時に計上していることは仕入帳や納品伝票等の記載によって明らかである。すなわち公表の帳票上何ら利益の減少が発生していないのである。故に被告人会社において、現実に仕入をなしていないのにその代金の支払いだけを計上したとなすためには、被告人会社が損益計算に当り公表帳簿に記載した当該仕入商品を帳簿から抹消したことが認められなければならない筈である。しかしながら、被告人会社がその仕入商品を抹消していないこと仕入帳等の記載により明白である。あるいは又被告人会社は実地棚卸高により期末棚卸高を確定しているので公表帳票の記載だけでは信用し難いというのであればまず期首棚卸高(前記末棚卸高)に当期の仕入商品を加え、これより当期の販売高を控除して、商品の受払いを行って得た商品の数量と実地棚卸高を比較検討することによっても架空仕入計上の有無を判断することができる筈である。検察官が第一審第六五回公判において「棚卸表があれば架空仕入をしたことが立証できる」といい(記録四七六一丁)、被告人岩切が原審第八回公判において「仕入れが正当であるか正当でないかは商品の受払いをすれば分る」といっているのは共に、商品の受払と実地棚卸こそ架空仕入計上の有無を判断する上での決め手であることをいっているのである。

ところで被告人会社の期末商品在高は税務申告に当り一括して報告しているが本件において必要とされているのは品目別の棚卸表である。しかるにその品目別の棚卸表中最も必要とされる昭和四二年九月三〇日現在における棚卸表が、昭和四三年三月二九日熊本国税局法人税課川上忠臣により在庫受払帳、出庫伝票、送り状、内海到着つづり等と共に被告人会社から持ち去られたままいまだに被告人会社に返されていないことはもちろん、第一審、原審にも提出されていないのである。この件については第一審第六五回公判における検察官と被告人岩切の問答(記録四七五三丁から四七六九丁まで。)に詳しいが、これを要約すれば同日右川上忠臣が持去った同人作成の預り証(原本は岩切商事にあり、写は記録四七八〇丁に編綴、本趣意書にも添付、別紙(一七))記載の帳簿類の中には、昭和四四年一月二七日熊本国税局が被告人会社に対して行った臨検に際し差押えられたものの如くその際作成された差押目録に記載され、後日、本件の証拠として検察官より法廷に提出された書類もあるが(例内海到着つづり)前記棚卸表については被告人会社に返された事実なく右差押目録にも記載されておらず、検察官もその所在を知らないというのであって、結局右棚卸表は本件訴追側である熊本国税局の職員により隠匿又は紛失されたものと認める外ない状況にあるものである。なお昭和四〇年九月三〇日、同四一年九月三〇日現在における被告人会社の棚卸表も昭和四四年一月二七日の同局の臨検以来被告人会社からその所在が分らなくなっており、これがため被告人会社としては検察官の攻撃に対する防禦の手段を奪われたも同然の状況下に立たされるに至ったのである。

弁護人らが第一審第六八回公判において宮崎市内の同業者である第一産業株式会社、大安産業株式会社、被告人会社の各三年度に亘る総利益率表(本趣意書に総利益率比較表を添付、別紙(一八))を提出したのは前記の理由により棚卸表による実仕入の証明を不可能とされたため、同業他社との利益率を比較することにより間接にこれを証明しようとしたからに外ならない。添付の総利益率比較表によれば右三会社は営業年度に多少の不一致があるが、被告人会社の総利益率は第一事業年度において大安産業株式会社に僅かに劣るほかは、すべて他会社の利益率を上廻っていることは明らかである。総利益率は売上高と売上利益との割合であるが被告人会社の総利益率が高いことは比較された他の二社に比べ売上原価が低いことを意味する。更に被告人岩切が原審第一一回公判において供述するところによれば、山田商事ほか原審において架空仕入の計上と認定されたものが、真に仕入れられていないものとした場合の総利益率は昭和四〇年一〇月一日から昭和四一年九月三〇日までの事業年度八・〇五%、昭和四一年一〇月一日から昭和四二年九月三〇日までの事業年度一〇・四%、昭和四二年一〇月一日から昭和四三年九月三〇日までの事業年度八・六%もの高率に達するのであって、この点から見ても被告人会社が架空仕入を行ったものでないことは明らかである。

むすび

以上詳述したとおり原判決は、第一審の、誤認事実中、証拠の上から極めて明白な一部についてはこれを否認したが、訴訟手続に関する法令の解釈、その余の事実認定については第一審判決を鵜呑みにして法の解釈を誤り且つ証拠の価値判断を誤って判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違反及び重大な事実誤認をなしたもので破棄しなければ著しく正義に反するものであるから、これを破棄し被告人会社及び被告人岩切博盛に対し無罪の判決を言渡されたく本件上告に及んだ次第である。

別紙資料目録

一、検察官の冒頭陳述書による主張と被告人の認否

二、国富町農協に対する被告人会社の貯金元帳写

三、岩切商事の赤江農協に対する貯金通帳写

四、赤江農協の右貯金の元帳写

五、被告人会社が赤江農協に貯金した小切手写

六、谷口秀精の証言した通りの金額で作った預金、払戻表

七、谷口秀精の備忘と題するノート写

八、原判決書別紙(一)写

九、原判決書別紙(二)写

一〇、自動継続定期貯金証書(一、三五〇万円のもの)写

一一、右同 (一五〇万円のもの)写

一二、赤江農協から金利の受取期日と題する書面

一三、山田商事以外の仕入先からの商品を以てしては得意先に販売することのできなかった商品一覧表

一四、岩切商事株式会社の本店及び各支店の売上表

一五、田中直人外四名からの買入、支払、返品一覧表

一六、泉幸生からの現金仕入一覧表

一七、川上忠臣の預証写

一八、同業三社の総利益率比較表

別紙一

検察官の冒頭陳述書による主張と被告人の認否

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

以上第一事業年度分中被告人会社の取得した貸付利息合計1,575万円より15の前受利息300万円を控除した1,275万円の所得があったものと主張。

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

以上第二事業年度分、計3,175万円に前期前受分300万円を加えた34,750,000円より前受利息2,714,088円を控除した32,035,912円の所得があったものと主張。

別紙二

〈省略〉

別紙三

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

別紙四

〈省略〉

〈省略〉

別紙五

〈省略〉

別紙六

谷口秀精が証言した通りの金額で作った預金、払戻表

〈省略〉

別紙七

〈省略〉

別紙八

被告人会社から中村勇夫に対する簿外貸付経過表(1)

〈省略〉

別紙九

被告人会社から中村勇夫に対する簿外貸付経過表(2)

〈省略〉

別紙一〇

〈省略〉

〈省略〉

別紙一一

〈省略〉

〈省略〉

別紙一二

赤江農協から金利の受取り期日

〈省略〉

別紙一三

山田商事以外の仕入先からの商品をもってしては

得意先に販売することのできなかった商品

〈省略〉

別紙一四

岩切商事株式会社の本店及び各支店の売上表

平成二年一〇月一日

期間 迄の期間

平成三年九月三〇日

一、本店の売上金額 七、〇六七、八一六、〇〇〇円 八〇%

一、都城支店の売上金額 一、〇六一、二六六、〇〇〇円 一二%

一、延岡支店の売上金額 七五四、四二四、〇〇〇円 八%

岩切商事の現在の売上は、八、八八三、五〇六、〇〇〇円でありますが昭和四一、四二年度も大体前記の割合に依るパーセントで売上を致して居ります。

右の通りである事を申し述べます。

宮崎市高千穂通り一-七-二四

岩切商事株式会社

代表取締役社長 岩切博盛

別紙一五

〈省略〉

別紙一六

現金仕入関係一覧表

〈省略〉

(福岡高裁宮崎支部平成元年押第一号符号四三領収書綴及び原審第一〇回公判調書により作成)

別紙一七

〈省略〉

別紙一八

同業三社の総利益率比較表

〈省略〉

平成三年(あ)第九二三号

上告趣意書

被告人 大野惟孝

右の者に係る所得税法違反、預金等に係る不当契約の取締に関する法律違反被告事件の上告の趣意は後記のとおりである。

平成四年一月二七日

右弁護人

弁護士 河合信義

最高裁判所第一小法廷 御中

被告人大野は、前記被告事件につき昭和五九年三月二九日に宮崎地方裁判所において、有罪の判決の言い渡しを受け、これを不服として控訴の申立てをしたところ、平成三年七月一八日に福岡高等裁判所宮崎支部において、原判決を一部破毀し、改めて懲役八月及び罰金一五〇万円(懲役刑については一年間執行猶予、罰金刑を完納することができないときは金五万円を1日に換算した期間労役場に留置する。)旨の判決の言い渡しを受けたものであるが、右控訴審判決には次に述べるとおりに判決に影響を及ぼすべき重大なる事実の誤認がある。

一、控訴審判決は「(罪となるべき事実)」第二の項で、被告人大野の昭和四二年中の所得税額を「六四九万二二五〇円」とし、同年度の所得税「六一一万四四五〇円を免れ」た旨の事実の認定をしているが、同年度の右同人の所得税額は「六四三万二二五〇円」(同判決添付別紙(9))であり、これにより同人が免れた所得税額は「六〇五万四四五〇円」であると考えられる。そうとすれば控訴審判決は所得税法違反事件における基本的要件であるところの所得税額及びほ脱税額の算定を誤った重大なる事実の誤認があったものというべきで、この誤認は単なる誤記として看過できないところである。

二、控訴審弁護人佐藤安正は控訴趣意において「被告人大野惟孝の昭和四二年度中の所得に………岡勢隆平の赤江農業協同組合に対する導入預金に関する手数料として九四五万円……の収入があった旨認定し」た原判決は事実誤認である旨を主張したが、控訴審ではこの主張を退け、原判決どおりの事実を認め原判決と同額を被告人大野の昭和四二年四月一九日から同年一〇月二五日までの間の所得として計上している(別表(7))。被告人大野は、原審第四六回公判期日及びそれ以降は右導入預金に関して金主及び受取り利息の額について従前の供述を翻し、真実の金主は岡勢隆平ではなく小林正雄であり、かつこれについての中村勇夫の支払利息は被告人大野が一分岡勢が五厘であったと供述している(原審第四七回公判調書中の被告人大野の供述部分二九九三丁裏、控訴審第六回公判調書中の被告人大野の供述部分一二六丁裏~一三一丁、一四九丁裏~一五〇丁)。そして右のように供述を変更した理由について種々弁明している。しかしこれについての証拠は同人の自白だけである。

ところで、被告人大野が右の件に関し、昭和四二年度中に所得した利息の額に限って検討するにこの額を特定し得る証拠としては同人の捜査段階から控訴審終結に至るまでの間の自白調書以外には特に見当たらない。原判決の摘示する中村勇夫の検察官に対する昭和四三年一〇月一七日付供述調書、宮崎税務署長丸田重広作成の所得税確定申告書同修正申告書の写、押収してある赤江農協関係メモと記載した小封筒(昭和四五年押第四一号の九五の一)及び右封筒入りメモ(同押号の九五の二)の各証拠も前記自白の補強ないし裏付証拠として前記昭和四二年度の被告人大野の取得利息の額を特定されることはできない。右丸田重広作成の申告書の写等も、これはその頃被告人大野が右のとおり申告したという事実を証明するに過ぎず、しかもその額については被告人大野が前記の如く供述を翻えす以前の自白の数字であり、かつその範囲も出るものではないし、また、その額についても控訴審判決で修正されており、具体的に特定されていない。その他に控訴審判決で付加された証拠を見ても被告人大野の自白の変更のあったことは認めることができるが、そうかと言ってこれも同人の自白だけで、これを裏付けるものがないので、この付加された証拠を含めても同人の昭和四二年度の所得を確定するに足りない。してみると、被告人大野の昭和四二年度の所得額及びこれに対する脱税額は証拠としては相異る被告人の自白以外になく、従って何れの額が真実であるかはにわかに確定し難い。然るに原審及び控訴審判決は同人の原審第四六回公判までの期間の自白のみを偏重し、これによって事実(ほ脱税額)の認定をしたというべきであって、憲法第三八条第三項の趣旨に反するものといわざるを得ない。

三、以上一、二、に述べた点を総合すれば、本件原審並びに控訴判決は所得税法違反事件におけるほ脱税額の算定について重大なる事実の誤認・採証の法則を誤った違法があり破毀されるべきである。

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